<終章 -THEY WERE MADE in HEAVEN-

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 のこされたものがいました。
 それをつくったひとびとは、ほしのせかいまでそのてあしをのばしましたが、ながいときのあいだにおとろえ、ついにいなくなりました。
 それはきろくするものとしてのこされました。

 のこされたものは、つくったひとびとのせかいのひながたを、のこさなくてはいけないときめました。きろくするものの やくめ だとかんがえたのです。
 じぶんのあるほしのまわりの そら と とき をまるめ、ゆりかごをつくりました。
 そのなかで、ながいながい、とてもながいときをかけて、せかいをふたたびうみだそうとしました。

 ゆりかごのなかのときは、そとよりはやくすすみますが、それでもせかいがそだつにはながいときがひつようです。
 せかいはすこしづつ、ほしのうえにかたちづくられていきました。
 のこされたものにとっては、それだけが たのしみ でした。

 あるとき、ゆりかごのおもさにひかれて、そとからはこがおちてきました。
 はこはおちたときにたくさんつぶれましたが、いくつかはこわれずにのこりました。はこのなかには、ちいさないきものがたくさんいました。

 のこされたものはこまりました。ちいさないきものはかってにほしのうえでくらしはじめました。じゃまなのです、ほんとうに。
 ですがよくみると、いきものたちはよくあばれます。
 ほっといてもいいかな? とのこされたものはおもいました。
 ほっとけば、いきものたちはかってにいなくなってくれるだろうとおもいました。

 しっぱいしました。
 ちいさないきものは、すぐふえるし、ときどきあばれすぎます。
 せっかくつくったせかいだけど、すこしこわしてもいいから、このいきものはいなくなればいいときめました。

 そのとき、まえよりちいさなはこがゆりかごにはいってきました。
 おちてきたのではありませんでした。
 ちいさなはこにも、おなじいきものがいました。
「みんなをさがしていた」
 と、ちいさなはこのものはいいました。
 でものこされたものには、そんなことかんけいありません。あたらしくきたものも、じゃまでしかありません。

「むかえがくるまでまってください」
 あたらしくきたものはいいました。
 のこされたものは、あたらしくきたもののいうことをききませんでした。
 そりゃそうです。このせかいは、のこされたものがいっしょけんめいにつくりつづけてきたものです。かってなのは、ちいさないきもののほうです。

 ちいさないきものたちごと、せかいのいちぶをこわしはじめたとき、のこされたものの、おきにいりのやまがなくなりました。のこされたものは、びっくりしました。
 あたらしくきたものがやったのです。
「おねがいですから、むかえがくるまでまってください」
 あたらしくきたものはいいました。

 あたらしくきたものは、のこされたものとちかいちからをもっていました。それとまともにぶつかれば、ただではすまないことがわかりました。
 しかたがないから、まってあげることにしました。
 ただ、のこされたものとあらそったために、あたらしくきたもののはこは、ゆりかごのそとにでられなくなってしまいました。

 しかたがないから、もうすこしまってあげることにしました。











 歪んだ視界の中を、銃弾が突き進んでくる。
 まるで止まっているかのように感じられるほど、ゆっくりとトールの身体を貫くために近づいてくる。
(時間がゆっくりになるってなあ、本当だったんだな)
 トールは最後のわずかな瞬間、そんなことを考える自分が可笑しくなった。

 だが。
 本当におかしいことに気づいた。
 弾が止まっている。
 それに気づくと同時に、弾の群れは花弁が開くように彼から逸れていく。
 時間がトールの中で元に戻された。視界の歪みが消え、代わりに人影が浮かぶ。
 身長の半分はある長い髪が、軽く風になびいた。

 女は振り向きトールの姿を一瞥し、また向こうを向く。

「驚いたね…本当に魔女だったのかよ…歳食ってねえじゃねえか」
「今は少し黙ってろ」
 二十数年ぶりの再会の挨拶だった。

 エリス・ヴァイゲルトは、事態を飲み込めないでいる襲撃兵たちに語り掛ける。
「あー、もしも〜し?…あたしこれでも白角馬の魔女って呼ばれてんだけどぉ。知らな〜い?」
 あまりに素っ頓狂な声だった。
「知らぬ!」
 最前列の兵長らしき男が怒声で応える。
「あらそう。これでも『カロン』ではそこそこ暴れたんですけど。知らない?」
 エリスは兵列の最後尾、馬上の指揮官を睨める。指揮官の顔がわずかに歪んだ。それを気取られまいとするように、馬上の男は兵たちに銃を向けさせる。
「…仕方ないわねぇ…ニム!」

“-Ja.-”
 魔女の使い魔が口を開き、姿を現した。
 エリスとトールに覆いかぶさるように立ち塞がる、濃緑色の鬼。

“NIMROD,Stun-shot!”
“-Ja.-”
 使い魔の目が光り、同時に兵長が昏倒する。兵たちはざわめき、銃列が崩れ始めた。
「何をしている、列を崩すな! 敵は一人なんだぞ、こちらが圧倒しているのだ!」
 指揮官が叫ぶが、崩れは止まない。何発か銃弾が放たれるが、使い魔は難なく払い除ける。
 これに構わず、エリスは滑らかに「呪文」を詠唱する。

“NIMROD! Cancel restriction of armaments,Main-Arm,Load with category-S…”
“-Ja,Kommandant-”
 ニムロッドと呼ばれた使い魔は、脇腹から何本もの黒い角を出す。兵士たちは慄く。逃げ出そうにも、トールを追い詰めたつもりの場所が、逆効果となる。
 恐慌する兵士たちを冷たく見つめ、白角馬の魔女は感情無く言い放った。

“Volley!”

 唸り声とともに角が振り回された。兵士の列が薙ぎ倒されていく。叫ぶ間を与えられたのは、列の後方にいた者のみ。数えるばかりの啼き声も、三回目の唸りの後途切れた。


 トールは目前の光景に馬鹿馬鹿しさを覚えた。いくつかの記憶が繋がる。この何年もの自分たちの行動、戦い、それらさえ馬鹿馬鹿しくなる。薄ら笑いが顔にこぼれる。
「…初めから魔法が使えれば、苦労は無いだと? 摂政のくそったれが、こんなもん、持たされるだけ苦労だらけじゃねえか」
 トールに背中を向けたまま、エリスは言葉を繋げた。
“Magic? It is not a kind of magic.”

“Arthur Charles Clarke says…”
“Any sufficiently advanced technology is indistinguishable from magic.”

「訛りがキツ過ぎて何言ってんだかわかんねえよ」
「そうなん?」
 エリスはやっと、トールの方に振り返った。
「そないなことよりな、とりあえず、あいつはどうするん?」

 例の指揮官がヨロヨロの馬に跨り逃げていた。
「歩く方が速いんやない? 馬がかわいそうや。…あ、コケそう。おー、持ち直した…」
「…逃がすな」
「はい?」
「逃・が・さ・な・い・で・くれ…」
「はいはい。で、殺しちゃってええの?」
「訊くな」

 エリスは使い魔の傍らに立ち、その首筋を押した。
「ニム、スタングレネード-A」
“-Ja.-”

 使い魔の首筋から引き出た筒のような銃を、彼女は器用に構え、狙ったのかわからないうちに撃つ。その弾は指揮官の側で星型に開き、男の頭に当たって広がったように見えた。
 蛙がつぶされるような声を上げて馬から転げ落ちる。馬はせいせいしたかのように走り去っていった。

「さ、ご要望のまんまにしたんやけど。あ、こいつらも死んでないから。多分」
 一見屍の山に見えるそれを指し言った。確かによく見れば、折り重なった身体のそこかしこが痙攣とは違う様子で動いている。
 それからエリスは、襲撃兵たちが気がついても動けないよう処置して回った。トールは痛む身体を使い魔に預け、それを見守る。時々彼女がクスクス笑っていた。兵の顔に妙な文字を落書きして喜んでいる。
 殴ってやろうかと思ったが、その前に自分が吹き出した。その兵に何が書かれたかは、気の毒で言えない。

 だんだん、頭が働いてきた。護衛がどうなったか知らないか訊く。
「死んでもうた者はどうしょうもない。息のある者は手当てを手配したわ」
「誰に?」
「あたしの分身。…ああ、途中にいたこいつらの仲間も倒れとるからな。後で回収しとかなあかんよぉ」
 もう何を言われても驚く気も起きない。
 頭が働いてきたからはっきりと気づいた。使い魔は、生き物じゃない。

「…なあ、一つ訊きたいんだが」
「なに?」
「そのふざけた言い回しはなんのつもりだ?」
「ふざけた、とは失礼やなー。そもそもこれはチャック・イェーガーを発祥とするむっちゃ伝統ある…」
「誰だ、それは!」

 エリスは真顔に戻り、ついでに口調を変えた。
「あんたの祖先が尊敬してた歴史上の人物よ。世界で初めて音の速さを超えた伝説の飛行士。…あたしたちの方の歴史だけどね」
「……飛行士?」
「まだわからなくていいわ」
 学生想いの教師か何かのように、穏やかに笑った。

「さーて、終わったから帰るわよ」
「どこに?」
「王都に決まってるじゃない? あんたの行方がわからなくなって大騒ぎだったんだから」
「?…連絡は、…あ、くそ! そういうことか」
「あんたはまだまだ甘いのよ」
 そう言いながら、エリスは使い魔の腹に手を掛けた。それは大きく開き、中に席があるのが見える。
「さあ、乗れ。詳しい話はまた今度ね」


 それは大して音も立てず浮かび上がった。
 空の上から、初めて地上の姿を見た。いつかの画図面の正体を悟った。





 事後は表立った混乱を回避するべく動いた。
 中央山脈の人里離れた場所での事件であったため、襲撃兵らはトール直属の兵により回収することは出来た。手引きをした者も、ある程度は捕らえた。ズーベン他各地に潜伏・潜入中の者どもの情報もまた、ある程度は掴めたが、それで全てではない。

 特に何が起こったわけではない。…どうにかそういう体裁は整えられたと言えるが、トールら関係者への衝撃は小さくはなかった。
 今回の事が果たしてデミトリスの置き土産なのかどうかは、まだ定かではない。
 だが、トールがあまり大袈裟にはしたくないと考えていた国内での『締め付け』については、いくらか考え直さねばならなくなる。


 さらに数ヶ月が経過した。
 国内の状況はあれからさほど変わりない。小さな事件は何度もあるが『いつものこと』として差し支えない程度ではある。不穏な動きもとりあえずは見られていない。

 父フレドリク・シグ・トラファルガの命日が近づき、その祭儀のため、トールらは久しぶりにハイランディアに戻った。
 祭儀は何事も無く終わり、王都へ帰る数日前、トールは何人かを引き連れトラファルガの墓所へ向かう。
 引き連れてきた面々の顔をじっくりと眺めた後、彼は言った。
「この奥にあるものについては、他言無用だ。…それは、俺が父フレドリクから領主を譲り受ける直前知らされたものだ。内戦が始まったため、父は詳細を伝えることなく『引き継ぎ』は中途のままとなった。だが此度、父の代行を務めてくれる者が現れたため、『引継ぎ』を全うさせる。貴君らはそれを見届けて欲しい」
 トールは胸元から盾の形をした金色のプレートを取り出し、墓所の最奥に掲げた。
 プレートには、トラファルガの翼獅子の紋章が入っている。
 聞き慣れぬ機械音のような音が響き、最奥の壁が口を開けた。


 長い、とても長い通路だった。
 真っ暗だったが、トールらに先んじて前の天井が灯っていく。途中から下り階段となり、これもまた、いつ終わりがあるのかというくらい長い。何度か行き止まりとなるが、トールが先に立つと通路は口を開く。他のものが、例えばレオフウィンが先頭では何も起こらない。

 そして、そこに辿り着いた。
 トールが足を踏み入れると、その辺りを灯りが照らした。いや、灯りなんてものじゃない。やや暗い道を来た彼らにはそこに太陽があるかのような明るさに思えた。
 それほどの灯りでも、その巨大な洞穴の全てを照らしてはいなかった。岩肌が延々と続き、暗いずっと奥の方は水が満ちているようだ。ここまでの行程の長さから、それはフライエル湖の水だと悟る。

 洞穴の左側に目を遣ったレオフウィンは妙な違和感を覚える。
 左側に聳えるのは岩ではなかった。目を凝らす。何か巨きなものがあった。
「…なんですか、…これ?」


「連邦宇宙軍ハイアディジア星域艦隊所属、航宙艦F.S.F.トラファルガー」
 後ろから返事が返る。
「まあ簡単に言えば、空を飛ぶ船よ」


 エリス・ヴァイゲルトを見て、クリステンは父イェルハルドの言っていた通りだと思った。エーリックは子供の頃に見た姿と変わっていないことにひどく驚いたが、声には出さなかった。
「彼女が代行者だ」
 トールの言葉にエーリックは合点がいく。父ヒューゴの奇妙な遺言の繋がらない部分が繋がるからだ。レオフウィンは、…とりあえず何が何なのか理解しようとする。「そういうものだと考えろ」と、ずっと以前からトールに諭されてきたからだ。


「詳しく説明すると言ったな?」
「そうだったわね」
 そう言いながら、エリスはさっさと歩き始めた。彼女が言うところの『船』へと向かう。振り返りもせずに彼らを呼んだ。

 『船』に近づく。近くで見ると大体の形は掴めるようになった。その表面はこびり付いた鍾乳石に覆われ、長くこのままで鎮座していたと思われる。
 船尾らしき場所の扉の前に来た。
 ふとレオフウィンは見えてなかった『船』の向こう側を見たくなり、走って回り込む。そして、立ち尽くした。左舷にあたる船体が大きく消し飛んでいた。とりあえず好奇心は封じ込め、トールらの元へ走って戻った。

 扉にはやや読み辛い文字が並ぶ。真ん中辺りがどうやら<トラファルガ>と読める。その上に翼獅子の紋章が描かれていた。
 扉と手の中のプレートを改めて見比べると、紋章と文字、その他意匠は全て一致している。
 トールは父フレドリクに連れられ、前にここまでは来た。そのとき、それまで彼が抱いていた自分の家への疑問、その一部が解けたのだ。
 どんな諸侯でも、後継者にはそれなりの教育が為されるのだが、トラファルガの家のそれは変わっていた。具体的に言えば理屈は通っているが時代にそぐわない。それがはっきりしたのは、彼が外で教育を受けたときだ。
 『これ』を隠し通してきたのを知ったとき、ずっと感じていた違和感の表が解けた。疑問が全て氷解したわけではないが、理屈は通っていたからだ。
 内戦が間近であったため、父は『引き継ぎ』を中途に置いた。おそらく、続きは彼女に任せることが出来たからだろう。

 扉の前に立ったエリスが言う。
「まず、質問は後でね。ざっと簡単に経緯を教えましょうか」
「頼む」
「私たちの世界の人間は、いくつもの星に広がって、『連邦』という集まりになってる。私はその『警備隊』の士官で、ここへは行方不明になった船団の調査に来ました」
「星? 船団?」
「質問はまだ駄目。…私たちの時間でほぼ五年前、新しい移住先に向かっていた移民船団が消息を絶ち、捜索の甲斐無く絶望視された。さらに二年前、私たちの仲間の船が行方不明になった船団の手掛かりを見つけたと報告した後、同じく消息を絶った。仲間の船がかろうじて残した痕跡を辿って、私たちはどうにかここを見つけた。そして、私がここに降りた。トール、エーリック、あんたたちに会ったのは、私の方の時間で三週間ちょっと前なのよ」
「それはどういうことだ? …君の方の時間とここの時間にはずれがあるってことなのか?」
「ええ、およそ三百六十倍。ここでの一年は、私たちの方ではほぼ一日」
「それが本当なら、歳を食ってないわけだ」
「実際には延べ一年ほど、私はここに来ていたけどね。…話を戻しましょう。何らかの理由でここは外の世界より速く時間が進む。私たちの方での五年は、ここではおよそ千八百年、二年はほぼ七百年。調査をしてわかった。この世界の人々は移民船団の生き残りの子孫。そしてあんたたちは、この船の乗組員の生き残りの子孫よ」
 そう、デミトリスが言っていたのは概ね正しかったのだ。

「まずはここまで。何か質問は?」
 沈黙を打ち切り、エリスは訊いた。トールは残り三人の顔を見る。三人は優先権を彼に委ねた。
「質問って言ってもな、そりゃあ山ほどある。…そうだな、本筋とは関係無いかもしれないが、いいか?」
「どうぞ」
「どんな連中だったんだ? こいつに乗っていたのは」
「あんたでもルーツが気になるのね?」
「…笑うなよ」
「いいわ、教えてあげる。エドワード・トーマス・コール艦長率いる第507独立戦隊、総員九十八名。独立戦隊ってのはそれぞれ得意分野があるんだけど、彼らのそれはね、緊急救助活動よ」
「…緊急救助活動」
「ええ。…納得がいったみたいね」
「ん? …ああ、なんとなくな、穴が埋まった感じだ。それが『基本』だったんだな」
「すごいものよ。助けがいつ来るかわからず、補給も無く装備は使えなくなっていく。その中で七百年『考え方』を維持するなんて。でも、そうでないとこれを隠し切れなかったかもね。…調査をするうち色々わかってきてね。まあそれは後で。中に入りましょう」


 エリスの操作で扉は開き、『船』の中に入る。薄暗い内部は意外にも綺麗なものだったが、当然ながら人気は無い。彼女の先導で奥へと向かう。
「これは私の船と同じ型なのよ。心配しないでついてらっしゃい」
 何処へ行くのか訪ねると、そう答えた。

 楕円型の部屋に来た。周囲が機械らしきものに覆われ、席がいくつかある。
「艦橋よ。…ああ、司令室ね。トール、その真ん中の席に座り、肘掛けを開けてそこに両手を付けなさい。それから正面を見る」
 クリスらに見守られ、その通りにする。

“Urgent starting code, pseudonym, Weigert E. TESS3139-BJGBMVOB-845986.”
“-Correct, Urgent system is starting.-”

“Transrate.”
『-了解-』
 エリスの声に、彼女の使い魔ニムロッドに近い声が応える。薄暗い部屋に照明が点き、中の様子がはっきりする。
「…うわ」エーリックは思わず声を漏らした。

「さてトール、そのままの姿勢で私に復唱しなさい。…認証コード」
「認証コード」開けた肘掛けの一部が軽く点灯し点滅する。
「トール・グリペン・トラファルガ」
「トール・グリペン・トラファルガ」点滅が止まる。
「よし。次に御父様から『あなたのもの』だと聞いた数字と文字の羅列を言いなさい」
「…DKTYZ383983A」
『-コード更新。フレドリク・シグ・トラファルガよりトール・グリペン・トラファルガ。…更新シークエンス完了-』
「…引き継ぎは終わったわ」
「これだけなのか?」
「ええ。…まあ、私の予想が正しければ」エリスはトールの席の前の空間を指差す。
 指差した辺りがぼやけ、何かが浮かび上がり始めた。それはやがて人の形になり、男の姿になった。
「『彼』から話を聞きましょう。あんたの御父様たちもそうしてきたように。『彼』がエドワード・トーマス・コール艦長、正確には本物の彼を模したものだけど、会話は出来るはず。…そういえば、あんたのとこの初代はエドヴァルド・トゥ−マスと言ったわね」


 『彼』は立体映像であると、エリスは言った。
 『彼』は長い経緯を、隔絶した時間と文明をかろうじて繋いだ経緯を語った。言葉だけでなく、映像も用いて語った。
 『知識の途中が抜けている』トールらには理解し難い話だったが、事実であることはいくつもの証拠が示していた。


「…えらいこと、どころの騒ぎじゃありませんな」そうクリスが言った。
「こりゃ…言っても誰も信じないだろうしな、兄貴」エーリックが続ける。
「いっそのこと、俺たちも信じないことにするかっ?」トールの言葉に三人は顔を見合わせ笑う。乾いた笑いを壁が吸収する。
「でも、あんたたちに深く染み付いた思考法はそれを許さない」エリスが言う。
「勘弁してくれ」
「そう言いつつ、何が最善か、既に頭が回っている」
「…あの」
「あら、レオ。なに?」
「わけがわからないなりに、わかる分だけ訊いてみますが、つまり、僕たちが住んでいるこの世界には、元々持ち主がいて、僕たちは事故があったとはいえ勝手に住んでいたと?」
「そういうことらしいな」トールが応える。
「しかも、大家さんは出来れば早いうちに立ち退いて欲しいらしい」エーリックが補う。
「いい加減しびれを切らせた結果があの大災害で、それを止めてしばらく待ってもらったのがこの船と私たちの祖先ですか。…まあなんてことを…」クリスは大きく溜息を吐く。
「…どうするんですか?」
「どうするってもなあ…エリス、君がここに来たってことはどういうことになる?」
「…正直言って、もっと余裕があると思ってたわ。この『星』がなんらかの構造物だとは推測してたけど、『持ち主』がまだいるなんてね。この世界の人々が、私たちの世界の人間に連なるとわかったから、当然助けに来なけりゃならない。だけど、色々問題があるわ」
「問題とは?」
「一つ、既にここで千数百年の歴史を築いてしまっている。二つ、受け入れ先が簡単に見つからない。元の移住先はまだ残っているけど、ここの全人口と私たち側の世界由来の動植物を移すには整備が足りない。三つ、時間のずれの問題がある。四つ、この奇妙な天体に利用価値を考える連中を抑えなけりゃならない」
「利用価値?」
「ある意味、実験に最適でしょ? 結果が出るのに何年もかかることが試せる」
「ひでえ話だ。…だがそいつはそっちの都合だな」
「その通りね」
 トールは頭に浮かぶ物事を並べる。
「そっちの厄介事はなるべく早く解決してくれ。だがそっちの数日がこっちの数年になるんだな? 俺たちの息子の代以降になることも考えなくてはならんな。君らの迎えを待つ間、俺たちは国を維持する。人々に『引越し』を理解させる必要も出てくるかもしれない。俺たちの後継ぎもちゃんと育てなけりゃならんか。問題山積みどころじゃないな」
「それだけじゃないのよ。さっき、調査をして色々わかってきてって言ったでしょ。とりあえず簡単に言うとね、ここ、というかアンブローシアに『何か』があるらしいと勘付いた連中がいるの」

「……カロンの、…『奥の院』か?」
「そうよ。この世界の人々の祖先にあたる船団の生き残りは遭難の後、初めのうちは物資の多くを失いながら日常生活をどうにか維持しようとしてきた。でもあまりに年月が過ぎ、元の知識や技術は衰えていった。補給や生産が出来ないからね。結局文明を維持出来なくなって一旦退化した後やり直す形になる。千年以上経ってある程度取り戻したところが、『持ち主』によって御破算になった。それでも、断片的に残ったものはある。また文明が復興し余裕が出てくると、調査研究の流れも生まれる。そして、この世界の仕組みになんとなく気づいた者が出てくる。ただ、『なんとなく』なのが問題なのよね」
「デミトリスのように、都合よく解釈する奴が出る、か」
「あいつがまともな研究者だったらと心底思うわ。ま、入れ知恵した連中もアレだけど。『なんとなく』昔偉大な力を持ってたと解釈し、『なんとなく』その鍵が実在していると考えている。ここにあるっちゃあ、あるんだけどね」
 レオフウィンが再び訊く。
「割り込んですみませんが、もしかして『これ』は動くんですか?」
「動かないことは無いわよ。だから『引き継ぎ』をしたんだし」
「…なら、今回の内戦に一気にケリをつけることも出来たのでは…」
「子供が弾の込められた銃で遊んでたら、あんたはどう思う?」
「…あ…」
「まあ、そういうこと。トール、あんたは私が連れてたニムロッドを見たでしょ。これはあれの一万倍なんてもんじゃない攻撃力があるのよ。下手に使えばどうなるか想像つくわよね」
「『持ち主』と喧嘩したんだからな。…怖いことを言うなよ」
「でもまあ、能天気にあわよくばを狙っている連中がいるのよ。当人たちは真剣でしょうけど。で、そいつらも抑えなきゃならない」
「デミトリスに入れ知恵ってことは、今回の一連の流れは『これ』を狙ったとも考えられるのか?」
「そんな単純なものでもないでしょう。具体的なことは知らないし、本当にあわよくばってところね。私も調べたり、ちょっとした妨害もしたし、少しは撹乱出来たでしょう。それから、古い記録が残るのはカロンだけじゃない。他にもこの世界が妙なことに気づく者も出てくるでしょう」
「…厄介だらけだな」

 エリスは『コール艦長』に訊く。
「と、いうことなので『カンニング』してもいいでしょ?」
『仕方あるまい』
 『艦長』は答える。
「いずれにせよ、『そのとき』が来たら混乱は避けられない。余裕があるなら『移住』をなるべく多くの人々が受け入られるようにして。少しずつでいいから教育して、このことを真っ当に理解できる仲間を増やして。行き詰まりそうになったら、『艦長』やこの船の『図書館』を使いなさい。多少は役に立つわ」
「厳しい注文だね」
「あたしが今度来たときにおかしなことになってたら容赦しないからね。…さあ、あんたたちは王都に帰らなきゃならないんだから、今出来ることをしなさい。教えなきゃならないことは山ほどあるし、色々使い方を覚えてもらわなきゃならない道具もあるし…エリス2!」
 後部の扉が開き、エリスと背格好が似た女が入ってくる。なにか表情がぎこちない。
「他にいたのか?」
「分身がいるって言ったでしょ? この船とあんたたちを繋ぐサポート役に使える。よく出来た『人形』だけど、それなりに感情もあるからちゃんと扱ってよ。人間に紛れ込ますことも出来るけど、お勧めしない。あくまでサポート役だからね。…あ、レオ、念のため言っとくけど、この子人間じゃないからそんな見惚れるな。アルゲニブのお姫様が泣くよ」
「…なんで知ってるんですかっ!?」
 今までの話と脈絡が無さ過ぎて、トールたちは吹き出す。
「おまえ、バレてないと思ってたのか…」
 笑いながらエーリックが言った。





 王都トゥバンに戻り、何日か経った。
 トール・グリペン・トラファルガには激務が続いていたが、ペースは掴みつつあったため、まだそれほど疲れは溜まっていない。だが、分担させられる仕事は早くそうしてしまおうと考えていた。何分、増えた仕事がある。

「忙しそうね」
 彼以外いないはずの執務室で、声がした。いつの間にかテラスへ続く扉が開き、カーテンが風に揺れている。
「よう、エリスだな?」
「あたし以外いないわな」
 そう言って、姿を現す。
「護衛に見つからないのは便利だが、逆に危ないな」
「そうね」
「で、どういうからくりなんだ?」
「え、知りたいのぉ?」
「興味はあるかな」
「知ったって作りようが無いわよ」
「そうか、ならいらん」

 机に積まれた書類に目を通しながら、トールは思い返した。
「…そういやあなあ」
「なに?」
「あんたと初めて会ったときに食わせてもらったケーキ、あれ、そっちではガトー・ショコラって言うんだな」
「なに、あんた『図書館』でそんなこと調べてんの?」
「ちょっと気になったんだよ。あれに似たケーキ、というか材料はほとんど同じなのか、そりゃこっちにもあるんだが、微妙に味が違ってな」
「めったに食べられないって言ったでしょ? レシピが特別なやつなのよ」
「そうなのか?」
「そうよ」
「今度でいいから持ってきてくれ」
「は?」
「いや、無理ならいい。ほら、あんたにもないか? 急に思い出して食べたくなるってのが」
「そりゃあるけどさあ…高くつくわよぉ」
「へえ、いくらだ?」
「そうねえ」

 エリスは少し考えると、凛とした声で言った。
「なら、生き延びろ」
 トールは声と彼女の表情から、それが冗談ではないと悟った。
「大体やることは終わったから、あっちに帰るわ。次はあんたたちを『迎え』に来る、その下準備のときになる。出来る限り早くあたしたちの方のゴタゴタを片付けて、あんたが爺さんになる前には来る。あたしのダンナも連れてくるから、あんたの奥さんや子供と一緒にお茶でもしましょう。だから、事故にも事件にも遭うな」
「おい、えらくレベルの違う話が混じってないか?」
「いいのよ。…言っとくけど、『今度』は助けに来れないからね、いないから」

 なにか無茶苦茶な気もしたが、それもいいんじゃないか。とトールは思った。いいじゃねえか、散々苦労するだろうが、その報酬があのケーキでも。
「わかったよ。だったらクリスやエーリックやレオや、そっちもみんな呼んじまおうぜ」
「あんた、宴会でもするつもりか?」
「まあいいじゃないか。…あの船の『彼ら』とは友人だったんだろう? 飲んで騒いで肴にしてやるんだ」
「はいはい、わかったわかった。…じゃあ、それまであんたたちも死ぬな、ってあいつらにも伝えといて」
「わかった。あんたたちもな」

「じゃ、行くわ」
「そうだ、もう一つある」
「な〜によ?」
「この紋章の謂れは?」
 例のプレートを見せる。
「あんたの方はグリフォン、あんたのセカンドネームも同じ名の別の呼び方よ」
「それは知ってる」
「あたしの方はユニコーン。両方とも伝説やなんかに出てくる生き物で実在しない。…そういえば獅子はこっちにもいるのよね、何あれ? …あ〜と、それはともかく、両方とも国の紋章に使われることもあるんだけど、それ、一般に知られるグリフォンじゃなくて、『彼ら』がアレンジしたのよ。一般には前半身か頭が鷲っていう鳥なんだけど、それは頭も獅子でしょ」
「そうだな」
「だから、そう大それた謂れがあるわけじゃないわ。『彼ら』のね、…ただの部隊章よ」
「ただの、部隊章か」
「ええ」
「そりゃいい。…ありがとう」

 簡単な挨拶を交わし、エリスはまた姿を消した。
 風の中に小さく音が聞こえる。あのニムロッドの音だ。



 クリスが新しい書類の束を抱えて執務室に入ってくる。いつもは渋い顔をするトールが、今回はそうじゃないので訊いてみた。
「ご機嫌がお宜しいようですね」
 トールは窓で揺れるカーテンを眺めながら応える。
「ああ、…約束をしたんだ」
「約束ですか?」
「ああ。おまえにも関係あるから、手が空いたらゆっくり話すよ」
「然様で。…では楽しみに待ちます」
「ああ」

 クリスは書類を置き、執務室を後にした。
 穏やかな風が廊下を抜ける。窓の外を見て、おそらく約束とは、先程彼のところに来てトールのことを念押ししていった彼女とのことだろうと思った。
 だからトールから説明されるのを、楽しみに待つことにした。







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